敬老の日の起源
敬老の日の由来その1:聖徳太子説
西暦593年、聖徳太子は初めての仏教寺となる四天王寺を建てます。
その際「四箇院の制」をとり、四つの施仏教の精神実践の場として、身寄りのないものや年老たものを引き取り、
世話をする「悲田院」、病気のものの治療をする「療病院」、病気のものに薬を施す「施薬院」、仏法修行の道場である「敬田院」を建立しました。
日本で初めて老人介護施設のような役割を果たした悲田院を設立した日が9月15日であったとされ、それが敬老の日の由来と言われているのが一説です。

敬老の日の由来その2:元正天皇時代の年号「養老」にちなんだ説
美濃の国に源丞内という若者がいました。
彼は薪を拾いそれを売りながら父親と二人で貧しい生活をしておりました。
彼の父親は目が不自由で耳も遠くなっており、家を出ることが出来ず、唯一の楽しみは好きなお酒を飲むことでした。
源丞内は父親のためにたくさんのお酒を買って孝行したいと考えていましたが、商売は思うようにいかず、なかなかお酒を買って帰ることのできない日々が続いていました。

そんなある日源丞内は足を滑らし、谷間に落ちてしまいます。
ふと気が付くと辺りには良い香りが立ちこめ、そこに酒の流れる滝を発見するのです。
口に含んでみると、それはそれは香りの豊かなおいしいお酒でした。
源丞内はそれ以来、この酒を毎日少しずつひょうたんに入れて持ち帰り、父に飲ませていたところ、父の目も耳も次第に回復し、元気になっていきました。
やがてその噂は広まり、当時の元正天皇はその滝へ行幸、父親思いの源丞内の孝行な心が呼んだ奇跡と称え、その滝を「養老の滝」と名づけ、源丞内に役職を与えます。
そして717年、年号を「養老」としたのでした。
現在の岐阜県にある「養老の滝」に伝わる昔話です。
元正天皇が「養老の滝」を訪れたのが9月だと言われており、地域によりこの時期にお年寄りを集めて敬老会が行われるようになったといわれています。
その後1947年兵庫県多可郡野間谷村(現在の八千代村)の門脇村長が提唱した「としよりの日」が現在に直結する「敬老の日」の起源となります。
村長は「老人を大切にし、その知恵を借りて村づくりをしよう」と9月15日に敬老会を開きました。
それが1950年以降は兵庫県全体で行われるようになり、1954年には国民の祝日として制定されます。
やがて名前は「敬老の日」に改名され、国民の祝日の一部を月曜日に移動するハッピーマンデー制度に従い、9月の第3月曜日が祝日となり、現在に至っています。

































